3月27日・28日 千躰(tǐ)荒神 春之大祭

日本的觀光活動3月27日・28日 千躰(tǐ)荒神 春之大祭


3月27日・28日 千躰(tǐ)荒神 春之大祭3.8

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 舉行期間 2018年3月27日 ~ 2018年3月28日

推薦最佳時期1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月

日本民俗信仰裡有許多守護神,可大致分爲竈神的三寶荒神、屋外的屋敷神、宗族神的地荒神、以及牛馬守護神等類型。火神和竈神特別受人信仰,從日本宗教神道教來看,火在一定程度上早已經被神化了,火神作爲日本八百萬神之一,他具有日本神的共性。日本民間所祭祀的火神具體名爲産火靈神,竈火被賜予神名,此神又被稱爲荒神,既是竈神也是一家之神,每年都會有許多參拜者前來祈福禱告。把從寺裡求來的護身符供奉在家中的廚房或神龛裡是當地祭祀的風俗習慣,以保衣食住行大吉大利,家人平安和繁榮。由於要趕走厄運災害,所以守護神的樣貌非常凶惡。

大祭當日會有家宅保平安的護身符發放,也有各種零食小吃攤。
轉轉這些小吃攤,感受一下根於日本老百姓生活的祭祀日風景,和體驗古代東京生活氣息。

海雲寺:青物橫丁站東口即是。
大祭:每年春祭(3月27日〜28日)和秋祭(11月27日〜28日)

目的最愛祭典,交通方便,能量景點,神社/寺廟,藝術愛好者,觀光,第二次來日本玩
最近的機場/車站羽田機場(東京國際機場) (大約7.6公里) 查詢路線

評論

4.04年前

曹洞宗

江戸三十三観音番外寺
平成24年8月28日巡拝

5.06年前

千躰荒神王御開帳 3/27.28 11/27.28

5.0本周

1251年臨済宗の草庵を開き、1596年に曹とう宗に改める。海晏寺という寺で今より少し北にあったようだが現在の社名になった。北条時頼が寺を建てたことで海が静まったという話もあるが、このお寺のことかは?

千体荒神は天草の乱で鍋島甲斐守直澄が守られたことで、江戸に戻ってから1770年にお寺に勧請した。

観音様は鮫のお腹から出てきたと伝えられ、北の地を鮫洲という。浅草寺さん、真成院さん同様、観音様は海と深い関係があるんだなぁと。

平蔵地蔵も、大きな碑となって残り、乞食で辛い最期であっても半永久に人の心に残ることもあるんだなあと感慨深いですね。

観音堂は入れませんが、荒神像は堂内まで入って見れるようにスリッパが置かれています。受付も分かり易くなっていて、特に監視されてる感もなく、のんびりお参りできます。

4.02个月前

3月と11月の27日28日はお荒神さまのお札を貰いに青物横丁の旧、東海道の道は海雲寺辺り迄、朝市のような露店が並びにぎやかです
火の神さまなので台所と縁が深い様で、オコシがお釜形をして売られています。
お歳を召した方々が大勢御札をもらい、ゴマを焚いた所で魂を入れて貰い
台所に貼るようです。
東海道の2番目の宿場町だったので、お料理屋は火事をおきない様に守って貰ったようです。お札も300円と安価な気がします

5.01个月前

海雲寺には千躰荒神が本尊として鎮座しています。
一書曰く「千躰荒神堂 品川寺半町ばかり南、同じ海道の右の方、海雲寺といえる禅林にあり。本尊荒神の霊像は毘首羯磨天(びしゅかつまてん)の真作にして、昔九州肥後国天草荒神の原というにありしを、邪宗門一揆の頃、邪徒ら社を破却す。ゆゑありて当寺に勧請すといえり。霊験ありとて衆人つねに参詣す。毎月二十八日をもって縁日とす。祭礼は三月.・十一月ともに二十八日なり」と。
どうやら、この荒神像が移転された理由には、島原の乱が起きた頃に、キリスト教門徒らによって社殿を破壊されたためだとしています。また、像の製作は毘首羯磨天の真作としていますけど、それはあり得ません。毘首羯磨天とは、サンスクリット語のヴィシュヴァカルマンを音写で仏典に漢字化されたもので、インド神話では全ての物を設計したといわれる神様なのです。この一書は伝聞を基にして著されていますから、誤述になっても当時の情報社会では無理からぬことで、神話も実在もごちゃ混ぜなのが逆に面白いと思います。きっと、左甚五郎にみるような、伝説的名前を実在する工匠に重ねたのでしょう。でも、江戸の先人達は信じていたんですね。海雲寺は、京急線品川駅から三つ目の青物横丁駅を下車して直ぐの所に在ります。今も縁日と祭礼は同じ日です。

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